お釈迦さまは煩悩の世界と煩悩を絶滅して涅槃に至る道を説かれた。だからこの世は煩悩の世界と涅槃の世界がある。そこで説一切有部は、五蘊、十二処、十八界に涅槃の世界を加えて論理的に整理した。これを存在の要素として五つの領域に大別し、さらに七十五種に分割した。
五つの領域とは物質の領域、心の領域、心の作用の領域、心と結びつかないものの領域、涅槃などの領域です。七十五種の要素は、これ以上分割出来ない究極の存在の構成要素です。
この五つの領域の七十五種の存在要素を五位七十五法と云う。
この七十五種の要素は三世に実在すると云う考え方を三世実有・法体恒有と云います。そして実在する七十五種の本体は森羅万象を構成する要素であり、諸法無我の無我説に抵触しないと主張したのです。
この三世実有・法体恒有説は説一切有部の主要な教義となった説でした。
①此縁性(縁起の法)
これは四支(四つの条件)をもって表現してますが、後に六支、九支、十支の数で説かれたものもあるようです。いずれの表現にせよ縁起の法とは「物事は他に依存して生成、消滅を繰り返すだけで、固有の性質を変わらない実体としてもつものは存在しない」と云う理法です。
②十二支縁起
最初の無明、基本的無知とは縁起の法にくらい事です。縁起の法にくらいから、次に2)~12)に至る経過をたどり、結局、1)~12)を永遠に繰り返すことになる(順観)。しかし逆に縁起の法に目覚めれば2)~12)の条件は消滅して、修行者の現実の最大の恐怖である輪廻も消滅する(逆観)。十二支縁起はこんな教えでした。
③三世両重の因果説
三世 | 十二支縁起 |
過去世の因 | 1)無明、2)行 |
現在世の果 | 3)識、4)名色、5)六処、6)触、7)受 |
現在世の因 | 8)愛、9)取、10)有 |
未来世の果 | 11)生、12)老死 |
1)無明は迷いの根本。2)無明から次の識を起こす働き。
3)識は受胎の初めの一念。
4)名色は母胎の中で心の働きと身体とが発育する段階。
5)六処は六つの感覚(眼、耳、鼻、舌、身、意)が備わって母胎から出ようとしている段階。
6)触は二~三才ころで苦楽を識別することはないが、物に触れる段階。
7)受は六~七才ころで、苦楽を識別して感受できるようになる段階。
8)愛は十四~十五以後、欲がわいてきて苦を避け楽を求めたいと思う段階。
9)取は自分の欲するものに執着すること。
10)有、つまり生存は愛、取の段階とともに未来の果が定まる段階。
11)生 と12)老死は未来の果。
お釈迦さまは煩悩の世界と煩悩を絶滅して涅槃に至る道を説かれた。だからこの世は煩悩の世界と涅槃の世界がある。そこで説一切有部は、五蘊、十二処、十八界に涅槃の世界を加えて論理的に整理した。これを存在の要素として五つの領域に大別し、さらに七十五種に分割した。
五つの領域とは物質の領域、心の領域、心の作用の領域、心と結びつかないものの領域、涅槃などの領域です。七十五種の要素は、これ以上分割出来ない究極の存在の構成要素です。
この五つの領域の七十五種の存在要素を五位七十五法と云う。